現状維持を見直す発想。
矯正をするか否か

日付、時間:2002年10月8日 2:30     氏名:  Y.A   
所在都道府県: 東京   職 業: 会社員   年 齢: 27歳      性別: female  

質問:
 矯正をするか否かで、悩んでいます。
もともと歯並びが悪く、上顎の右側切歯が後方に引っ込んでいて、下顎の側切歯が2本ともない (生まれ付きだったような気がします)、左上顎第一大臼歯、右下顎第二大臼歯を抜歯している こともあり、奇跡的に辛うじて噛合っているとは言うものの、とても理想的とは言えない状態で す。
 かかりつけの歯科医の先生には、抜歯した両箇所を、そのすぐ後ろに生えている親知らずを動 かすことで埋め、引っ込んでいる切歯を前に出し、欠けている側切歯については、中切歯の真ん 中に隙間を作り、そこに義歯を入れる(両側の中切歯の裏に金属片を貼り、ワイヤーを渡して支 えるそうです)と言う方向での矯正を強く勧められています。
 私としても、大半の歯にくっきりとした亀裂が入ってしまっていることもあり、噛み合わせの 力関係がうまく行っていないことは明白で、矯正の必要性を疑いません。ただ、治療期間が、最 低1年半から2年と聞いて、逡巡しています。と言うのは、これから2年、同じ歯科に通うというこ とを、保証することができないからです。仕事の行き詰まりなどから、来年8,9月からの留学を 検討しています。まだ、実現するかどうかわかりませんが、もし実際に留学するとすれば、それ まで後1年もありません。周囲の人間は、「取り合えず、留学するかどうか未定なのであれば、 矯正を始めてしまって、留学が確定した時点で、対策を練ればよい」と助言してくれるのですが 、どうでしょう。
例えば、何ヶ月か矯正をして、間を置いて、再び再開することは可能なのでしょうか。
そう言ったことを想定して設計図なり計画を立てて頂くことは不可能でしょうか?
一箇所動かせば他の場所も影響を受けるわけで、全体的かつ長期的な展望を持って矯正に臨むこ とがベストとは理解しておりますし、一般的に考えれば、「ちゃんと治療期間を確保できたとき に、始めればよい」と言うのが理想なのでしょうが、抜歯した歯の位置に移動させる親知らずが どんどん下に下がってきているので、今動かさないと、噛合わなくなってしまうとも言われてお り、そういうわけにも行かなさそうです。
 このまま1,2年放置した場合の亀裂の拡大、歯の破損なども心配です。やはり、「今矯正を して、きちんと2年間で完了させる」又は「今回は見送って、状態が悪くなることを覚悟の上で、 将来矯正する」の二者択一しかないのでしょうか。
長々と書いてしまいましたが、何卒ご助言・ご教授の程お願い申し上げます。

回答
 「生涯機能する歯が美しく・理想的」という私の価値観からは、矯正の必要性を感じません。 無論、現状が好ましくない状態であることは認めますが、それを治療するために失われる損失 を考えれば、今以上悪くならないよう努力した方が得策だという判断です。
 矯正しなくっても、欠損部分の歯牙は今後も傾斜(好ましくない)と移動(好ましい)を続け、 そこに自然な形で親知らずがスペアとして補充されるでしょう。側切歯のない下顎前歯は審美的 には問題ですが、隙間がある分虫歯にも歯槽膿漏にもなりにくく長期間機能する権利をもってい ます。それをあえて提案の方法で審美回復を行うことは、間違いなく寿命を縮めてしまいます。
 後方に引っ込んだ側切歯は確かに問題ですが、それを矯正するということは、大臼歯の欠損 スペースを利用するのではなく第一小休止を抜歯してスペースを作るという方針ではないでしょ うか。これは確認しておく必要があります。もしそうだとすれば、一層のこと、側切歯を抜いて そのスペースを閉鎖した方が得策だと判断します。程度問題ですが、これも矯正しなくっても 3年ほどすれば自然閉鎖が期待できます。

 矯正に費やす費用と時間を毎月の歯石除去に回したらどうでしょう。歯槽膿漏による歯牙喪失 は確実?に確保できます。また、定期検診効果により、虫歯の抑制と同時に初期治療を積み重ね て抜髄や大きな補綴処置のない環境確保が可能です。結果として、何十年先も今と変わらない 口腔内環境が保持できるはずです。
 亀裂の発生がどの程度か分かりませんが、それがかみ合わせに起因するとは思えないことと、 かみ合わせを改善することで防止できるとは思えません。いよいよ矯正を始めたとして、中途 になった場合は何とかあとで再開することも可能ですが結構リスクが大きくなると思います。あ くまでも私の個人的な治療哲学ですが、二者択一ではなく、第三の選択を強く推薦します。

 


返信:2002年10月10日 1:52
 ご多忙の中、ご丁寧かつ迅速に質問にお答え頂き、どうも有難うございました。
自分なりに、自分の歯のことに関心と責任を持ち、現状についての理解に努めようとしていると ころですが、やはり素人知識だけで担当の先生の治療方針のメリット及びデメリットまで的確に 把握すると言うのは難しいところで、今回、全く異なった観点からご意見を頂いたことで、現状 に対する理解が平面的なものから立体的なものになったような気がしています。

 一点疑問に思ったことは、先生が「噛み合わせ」についてあまり触れられなかったことです。
現在診て頂いている先生は、今流行の審美歯科に特に力を入れているわけではなく(舌頭などに 及ぼしうる危険性などの点から、歯磨き粉の使用を控えるように指導されるくらいですので)、 今回の矯正に当たっても、「虫歯、歯肉炎、不正咬合」の3つを歯を失う要因の3本柱として挙げ た上でのご判断と伺っております。
実際、側切歯が2本足りない下顎の前歯4,6本は、1mm程ずつ隙間が空いていることを除いては、 極めて綺麗に整然と並んでおり、この部分のみの見た目の美しさを問うのであれば、現状で特に 問題はないと思われます。ただ、全体的な噛み合わせを診たときに、他の歯にかかる負荷が大き いと言うことと、歯全体をきちんと噛み合わせる為のバランスを確保するために、一本義歯を入 れよう、そんなお話でした。
 また、「もうこれ以上歯は一本も抜かないようにしましょう」ときつく言われている(抜歯は、 全て、過去に通った他院で施された処置です)ので、矯正には、今口内に揃っている歯を総動員 して当たるとの説明だったと記憶しています。従って、「長期的展望をもって歯の寿命を考えた 時のベストの状態を今作って、その上で、その状態を、定期的なメインテナンス(診療に入る前 に、みっちりと何回かに渡ってブラッシング及びフロス清掃の指導を受けた上で、現在は常時2 0%未満のプラーク残存率を維持できていると言うことから、3ヵ月毎にクリーニングを含む定 期点検、1年に1度はレントゲン撮影等を含む点検を受けています)により、可能な限り維持する」 ことを目的とした治療方針の一環と言うか土台としての矯正と理解しています。

 ただ、先生のご意見を伺うまでは、「矯正をしないことで歯を失う」ことについてのみ考えて おり、逆に、「矯正をすることで歯を失う、寿命を縮める」可能性にまでは、考えが及んでおり ませんでした。確かに、現在下顎の前歯4本は、至って健康(引っ込んでいる側切歯と噛合う歯に 亀裂が入っていますが)で、虫歯にはなっておりません。これらの真ん中に義歯を渡すことで、 両側の歯にかかる負担がそれらの歯の寿命を縮めると言うことも、素人ながらよく理解できます。
 要するに、どんな措置を施したところで、完璧な結果と言うのは得られないわけで、常にメリ ットとデメリットが同居することから、色々な判断の相違が生じる・・・・・・・と言うことな のでしょうか。患者としては、どの判断に依拠すれば良いのか、迷うところです。
結局、担当の先生に、河田先生に頂いた「セカンドオピニオン」を踏まえた上で、再度相談をし てみると言う方法がベストなのでしょうか。

 まだ現時点でははっきりとした結論を出しかねますが、この件について非常にご丁寧に検討・ 回答して頂いたことに、心より感謝致します。何年か前までは、歯医者さんと言うのは、私にと っては「密室の惨劇」以外の何物でもなかったのですが、最近では、誠実かつ親身になって下さ る先生方の姿に、これからは先生方をより信頼するとともに、自分も歯に対する意識をより高め なければ、と思っているところです。本当にどうもありがとうございました。

回答:
 「噛み合わせ」についてあまり触れていないのは、「噛み合わせ」の問題をそれほど重要視し ていないからです。10数年前にかなり本気でかみ合わせについて実践しておりました。現在も、 咬合関係の著しく狂った症例に対しては積極的に取り入れていますが、わずかな狂いに関しては 現状維持を推奨しています。
 咬合のわずかな狂いで発症する顎関節症が大きくクローズアップされていますが、確実な治療 方法が確立されていないために症状をますます悪化させる可能性が高いことが1つの理由です。 もう1点は、「歯の破壊につながる」と言われていますが、稀な例外を除いてそのような事実が 存在しないと認識しています。歯牙喪失の原因は「虫歯と歯槽膿漏」で約95%以上。それ以外に 事故や腫瘍があって、咬合の問題も少しはあるかなぁという認識です。
 他人の手法や価値観を評価することは色々と問題が生じると思いますので、「私の経験と実績 から、虫歯と歯槽膿漏さえきっちりコントロールすれば生涯歯を保つことが可能だ」という見解 に留めておきます。

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