さらば歯周病
さらば歯周病
さらば歯周病
さらば歯周病
本はともだち

週刊現代2004年10月23日号 10月 9日発売

二宮 清純 にのみや・せいじゅん●スポーツジャーナリスト。 緻密な分析力と独自の視点に定評がある。『スポーツ名勝負物語』『最強のプロ野球論』 『勝者の思考法』他著書多数



長寿を元気に楽しむために欠かせない秘訣を考えた

「このままでは50歳で総入れ歯ですね。歯周病が以前よりも、さらに悪化していますよ。 なぜ、もっと早いうちに治療に釆ていただけなかったんですか」
 過日、歯科医師にそう宣告された。頭を後ろからハンマーでガツンと殴られたような 気分になった。総入れ歯と聞いて真っ先に頭に浮かんだのが茶碗に湯を入れ、寂しげに 入れ歯を浮かべていた祖父の姿だ。とても人に見せられるものではない。入れ歯にする と味覚も落ち、食欲も減退するという話を聞いたことがある。ホントかウソかわからな い。その時、思った。おいしいものがおいしいと感じられなくなったら、もう人生もオ シマイだと。
 その時は他人事のように考えていたが“人生最期の日”が私にも着々と近付いてきて いるのだ。50歳までに、もうあと5年半。この際、味覚の残っているうちに、少々、無理 をしてでもおいしいものを毎日食べてやるか。いや、そんなことをしていたら、総入れ歯 になる日がもっと早く訪れてしまうのではないか………。食欲の秋だというのに、いっこ うに箸が進まなくなってしまった。ともあれ、総入れ歯だけは何としても阻止しなくては。

 そこで早速、書店に飛び込んだ。買ったのは『さらば歯周病』(河田克之著・新潮新書、 714円)。著者は姫路市で歯科医院を開業する歯科医だ。
 読んで驚いた。日本歯科医師会の調べによると、何々35歳を超えた人の約80%が歯槽膿 漏(歯周病の古い呼び方)にかかっているというのだ。16歳から34歳までの年齢でも、約 70%の人に歯槽膿漏が見られる。つまり日本は世界に冠たる“歯周病大国”ということら しい。抜歯原因の約70%が虫歯ではなく歯槽膿漏にあると言われている。ということは私 のような“総入れ歯予備軍”も少なくはないということなのだろう。「赤信号、皆で渡れ ば恐くない」と言ったのは若き日のビートたけしだが、まわりも皆、総入れ歯だったら、 そうカツコ悪くもないか……。妙なところでホッと胸を撫で下ろしてしまった(こんな考 えだからダメな患者なんだろうね)。

8020運動とは
 本書によれば歯槽膿漏というのは字義どおり、歯槽「骨」の破壊であり、歯を支える骨 が壊れていく過程における疾患のことを言う。<虫歯の場合は、神経というのが主役でし た。神経がやられてしまうと二度と回復しないために、抜髄という処置をせぎるを得ない。 同様に、歯槽膿漏によって破壊された歯槽骨というのも、原則として、やはり二度と回復 しせせん>。
 では歯槽膿漏を引き起こす元凶は何か。諸説あるが、著者は「歯石」こそが犯人と見な す。<歯にトゲが刺さっている状態>だというのだ。次の説明がわかりやすい。<例えば 肌にトゲが刺さったとしましょう。生体はそれを異物として取り除こうとします。放って おけば自然に取れてしまう場合もありますが、取れずに長く留まると、どうなりますか。 痛みに加えて、周りが膿んで腐ってきます。生体は周囲を腐らせてでも異物を排除しよう とするわけです。つまり、歯茎が膿んで口臭がひどくなる、といった特徴的な症状と、肌 にトゲが刺さった話は相通じるわけです>
 つまり私の場合はトゲが歯の奥深くにまで突き刺さり、ちょっとやそっとのスケーリン グでは抜くことも取ることもできないというところまで来ているということのようだ。メ ンテナンスを怠ってきたツケが総入れ歯という請求書となって、ついに目の前に突き付け られたのである。まさに自己責任の極みである。

 ところで 「8020 (ハチマルニイマル)運動」なる運動を現在、厚生労働省と日本歯 科医師会は展開している。「80歳で20本の自歯を残そう」という試みだ。ではなぜ最近に なって、とみに歯周病への関心が高くなってきたのか。それは日本人の平均寿命の伸びと 無関係ではない。
 歯槽膿漏には段階があり、10代後半から始まり、50代に入ると「末期」に突入する。日 本人の平均寿命が50歳台に突入したのは戦後になってから。つまり、これまでは歯が使い 物にならなくなると同時に寿命も尽きていたのだ。ところが平均寿命が男78歳、女85歳 (2003年調べ)にも達すると、歯がポロポロになってからも長い時間を生きなければなら ない。著者が主張するように<歯槽膿漏の元凶は歯石である。歯磨きだけでは守れない> ことを肝に銘じ、メンテナンスをきっちり行う以外、自歯と長く付き合える道はないのだ。
 残念ながら、私の場合、そこに気づくのが少々、遅かった。いや、まだ再生の道は残さ れているのか。何だか絶体絶命のピンチでマウンドに立つピッチャーの気分になってきた。 「長生きの秘訣は丈夫な歯にあり」とも言われる。きっとこの本に描かれている人たちは 歯における“勝ち組”でもあるのだろう。